ノーベル賞2024

2024年10月18日

こんにちは!1今月はノーベル賞のニュースで盛りだくさんでしたね!

今年も輝かしい功績が残されました。振り返ってみたいと思います。

簡潔にまとめようと思いましたが、書いている内に力が入ってしまいました(汗)。投稿の文字制限を超えてしまいましたので、続きは「コメント欄」にあげさせていただいております。また、時折、難しい表現がありますが、気にせず読み進めていいただけますと幸いです。


【生理学・医学賞】

「miRNAと転写後の遺伝子発現の調節におけるその役割の発見」 ヴィクター・アンブロス教授(マサチューセッツ大学)、ゲイリー・ラブカン教授(ハーバード大学)

生命の最小単位は「細胞」ですが、細胞の中にはたくさんの働き屋さんがいます。主要な働き屋さんは「タンパク質」です。例えば、酵素や抗体なんかが分かりやすいですね。タンパク質は、「遺伝子(DNA)」に組み込まれた情報をもとに、合成工場(リボソーム)で作られます。その際にDNAは一旦RNA(正確にはmRNA)に情報を受け渡します(転写)。そのRNAの情報をもとに、リボソームでアミノ酸を原料としてタンパク質が作られます(翻訳)。そうやって、37兆個にもおよぶ個々の細胞の中で、膨大な種類、膨大な数のタンパク質「働き屋さん」ができています。


簡単にまとめると、こうです。

DNA → RNA → タンパク質

これは「セントラルドグマ」と呼ばれます。このセントラルドグマは、DNAの二重らせん構造を発見してノーベル生理学・医学賞(1962)を受賞した、イギリスの生物学者、フランシス・クリックが66年も前に提唱した生物学で必須の概念です。

つまり、細胞の核の中にあるDNAは「情報の担い手」、タンパク質は「働き屋さん」、RNAはそれらの仲介役、なんと、ノーベル賞の主役が「脇役」のようなイメージですね。

しかし、徐々に、RNAはそんな「脇役」ではないことが判明していきます。例えば、RNAの一部(リボザイム)は触媒(化学反応の速める)としての働きがあることが判明(1989年のノーベル化学賞で、当時高校生だった私は感銘を受けて、大学で酵素の研究をするきっかけになりました)。

それを受けて、「ニワトリが先か タマゴが先か」と同じで、生命の誕生には、「タンパク質が先か(プロテインワールド)、RNAが先か(RNAワールド)」という、科学論争があります。

そんなRNAの新しい役割の発見、それが今回のノーベル生理学・医学賞!

実は、RNAにも色んな種類があり、タンパク質をつくるRNAはmRNA(メッセンジャーRNA)と言います。他にも、rRNA(リボソームRNA)やtRNA(トランスファーRNA)というものがあり、いずれもタンパク質が合成される際に使われます。


今回の主役はmiRNA(マイクロRNA)!マイクロと呼ばれるだけに小さなRNAです。専門的になりますが、約20個の塩基対からなるRNAで、数千~数万塩基対からなるmRNAと比較すると、ざっと100~1000倍分の1、かなり小さいですね。そんな断片だから、長い間、何の役割もない細胞内の「ガラクタ」だと思われてきました。

その「ガラクタ」の発見が今回のノーベル賞です!マイクロRNAにも、タンパク質の合成を調節する作用があったのです(転写後の遺伝子発現の制御)。

マイクロRNAは、小さいだけに、測定するのが大変です。新型コロナウイルスで有名になったPCRや、マイクロアレイ、次世代シーケンシングといった装置を使って分析されます。その一方で、小さいので、比較的手を加えることが用意で、一つの細胞の中での役割を解析したり(シングルセルアッセイ)、2020年ノーベル化学賞の「ゲノム編集」との併用で、研究が飛躍的に活性化しています。


そんなマイクロRNA。これまで"遺伝子の働きを制御するのは『転写因子』と呼ばれるタンパク質のみ"だという概念を覆しました。マイクロRNAは、細胞の発生、分化、増殖、アポトーシス、ストレス応答など、広く細胞のはたらきに関わっていることが見出されました。生命の誕生から死にいたるまで関わっている大切なミクロ分子です(マイクロとミクロは英語のMicroの読み方が違うだけで同じ意味です)。

もともとは一つの細胞(受精卵)で、同じ遺伝子情報(DNA)を持つのに、心臓や肺、脳などの異なる器官ができるのにもマイクロRNAが関与しています。さらに、ガンの発生や転移、心血管疾患(心臓や血管の病気)、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、慢性炎症、自己免疫疾患などにも、マイクロRNAの異常が関係しているという研究報告があります。


発見から31年、ついにマイクロRNAが脚光を浴びることになりました。今後、さらに研究が進み、非襲撃的な(=体を傷つけたり、負担をかけない)バイオマーカーとして、病気の早期診断、治療後の経過観察に用いられたり、個々の患者に最適化された新たな治療法(オーダーメイド医療)が誕生したりすることが期待されています。実は、私の親友の一人もマイクロRNAやエクソソームの研究をしているので、個人的にも今後の更なる発展を強く願っています。


【化学賞】

「タンパク質構造予測プログラムの開発」 ディヴィッド・ベイカー教授(ワシントン大学)、デミス・ハサビスCEO(グーグル・ディープマインド社)、ジョン・M・ジャンパー氏(同社)

かつてタンパク質(酵素)の研究に没頭していた私にとって、こちらも大変興味があり、加衝撃的な受賞でした。

タンパク質はアミノ酸がペプチド結合でつながったものです。しかし、アミノ酸がつながっただけでは、働くことはできません。アミノ酸でつながった鎖(ポリペプチドと言います)が、きちんとした立体構造(=立体的な形)をつくることが重要です。逆にいうと、タンパク質の形が分かると、その働きを予想することができたり、薬をデザインしたりすることができます。ですので、タンパク質の立体構造を知ることは大変重要です。「構造生物学」という研究分野がありますが、「生物物理学」の柱となる分野です。「ヒトゲノム計画」で、人間の遺伝子の全容が明らかになりました(2003年)。遺伝子が全て分かったのに、当時期待されていたほどに生命の理解はできませんでした。生命を理解するために、タンパク質の役割を理解することが重要で(ポストゲノム研究)、タンパク質の構造に注目が集まりました。


さて、タンパク質の立体的な形を知ることは決して容易ではありません、いえ、大変困難です。これまでは、1)注目するタンパク質をきれいにして(精製といいます)、2)タンパク質を結晶化する(塩のように、同じ分子が奇麗に並んで結晶ができます)、3)X線やNMRで構造を解析する、という流れが主流でした(タンパク質の結晶をつくらずに、クライオ電子顕微鏡をつかう方法もあり、産業技術総合研究所で、それを専門とする研究室にいました)。1)~3)の一つの過程だけでも、相当なる労力が必要になるので、各専門家で共同研究をすることが通例です。

新発見されたタンパク質の場合は、数年~10年ほどの年月を要することは普通ですし、頑張っても頑張っても成功しない例を間近で多々見てきました。ただ、それでも、タンパク質の立体構造が分かると、そのメリットは大きく、私自身も何度となく恩恵を受けました。キネシンと呼ばれる分子モータータンパク質が細胞の中で「歩く」ことを世界で最初に証明しましたが、これもキネシンの構造が分かっていたお陰です。

そんな、困難な研究を、AIが数分足らずで解決するというのが、今回のノーベル化学賞です。さらに、複雑なタンパク質の構造を予想するだけでなく、新しいタンパク質もつくりだすことができるといのです。とてつもない快挙としか言いようがありません。


以前より、コンピュータを用いたタンパク質の構造を予測する研究はありましたが、正確さ(=信頼性)に欠いていました。しかし、今回のAIでの構造予測はかなり正確なものでした。現在、9割以上の正確さと言われていますが、これからAI学習が進むと、さらに精度があがることが期待されます。

最初に成果が発表されたのは、コロナ禍が始まった2020年でしたが、「まさか!」というのが正直な気持ちでしたし、その後急速に発展して、こんなに早くノーベル賞に至るとは思いもしませんでした。

ちなみに、従来の試験管などを使ったin vitro(インビトロ)研究に対して、今回は、in・silico(インシリコ)、つまり、コンピュータを用いた理論分析です。ちなみに、実際に生きている生体を用いた実験をin vivo(イン・ヴィボ)と言います。科学の世界では、このような分かりにくい言葉が日常的に使われます。

さて、受賞者の一人、ハサビス氏は、かつてはチェスの神童と呼ばれ全米チャンピオンに、その後はゲーム会社を立ち上げゲームデザイナー・プログラマーとして活躍。その後、最強の囲碁ソフト「アルファ碁」を開発し、トッププロ棋士を破るというニュースがありました。囲碁は最も難解なゲームと言われるだけに、衝撃的なことでした。そのAIモデルが発展して、4年前に「アルファフォールド2」が完成、あっという間に、数億個のタンパク質が解析されました。

チェス → ゲーム → タンパク質の構造解析

異分野からの参入で、あっという間の大革命!同時受賞のジャンパー氏は39歳の若さで受賞、こちらもスゴイ!!

既に、今回の研究成果を用いて、タンパク質でできた医薬品、ナノ材料、小型センサーなどが開発されています。ノーベル財団が、「人類にとって最大の利益」とまで言及したそうです。


【物理学賞】

「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にする基礎的な発見と発明」 ジョン・ホップフィールド教授(プリンストン大学)、ジェフリー・ヒントン教授(トロント大学)

こちらは人工知能AIのコア技術ですね。今年は何かとChat GPTが話題になりましたが、その核となる技術革命です。AIは一般に良く知られるようになりましたが、面白いのが、ノーベル物理学賞ですが、受賞者の一人ホップフィールド教授は、プリンストン大学の分子生物学教室の先生なんです。一見、生物学者、AIとは無関係のように思えます。確かに、ホップフィールド先生は、ニューラルネットワーク、つまり、人間の脳の仕組みを利用した研究をされています。その傍ら、米国物理学会の会長もされています。生物と物理の融合、生物物理の世界です(手前味噌ですが、私自身も15年ほど生物物理学会に所属して研究発表をしていました)。もう一人の受賞者ヒントン教授は、人工知能研究の第一人者で、古典物理で有名なボルツマンの統計力学を応用して、ディープラーニングの基礎を築いた先生です。そんな二人が、生物の脳の神経細胞の仕組みを人工的に再現したのです!


【感想】

1901年から続いているノーベル賞、自然科学3賞と言われる「生理・医学賞」、「化学賞」、「物理学賞」で、このところ大きな流れの変化を感じます。かつては、数十年という時間を経て、発見の重要性がはっきりと分かってからの受賞が通常でした。しかし、最近は、研究発表から数年での受賞を目にするようになりました。山中教授のiPS細胞(2012年)、RNAワクチン(2023年)などは、スピード受賞の典型でしたね。そして今回も!インターネットの普及に伴う情報の民主化により、時間の流れが早くなったということでしょうか?


【注意】人工知能AIの基礎となる研究や概念は突如現れたものではなく、第二次世界大戦後頃から70~80年以上をかけて発展してきたことも事実です。AI研究の「冬の時代」といわれる困難を何度も乗り越えて現在につながっています。日本にもAI研究の先駆者がいます。甘利俊一先生、福島邦彦先生など、今回のノーベル賞の基盤となる研究成果を出されています。福島先生は、大学を退職後に「ファジイシステム研究所」で研究をされています。「ファジイシステム研究所」の理事長(兼研究部長)である山川烈先生は、私が九州工業大学に在籍していた時の学部長で、ロボットの制御に生物の特性を取り入れた「ファジー理論」で世界屈指の研究を展開されていました。講義を受講したことがありますが、天才的であることは当然ながら、人を大切にして教育をされている姿に感銘を受けました。科学を、「点」ではなく、歴史という「線」で見てみると、新しい発見があるかもしれません。


また、ノーベル「化学賞」も「物理学賞」も生物的な要素が多く、特定の専門分野を超えた取り組みの重要性を教えてくれます。若手研究者の受賞、異分野からの参入、スピード受賞と新しい時代の到来を感じます。もちろん、こういった革命の背景には、工学や技術、理論の発展、または社会的背景があります。一つだけ例をあげるとすると、最近よく聞く、エヌビディア(NVIDIA)、半導体(GPUが有名)のメーカーですね。今年の夏に、あっとういう間に時価総額が世界一位になり、投資家と産業界に激震をもたらす報道がありました。AIの世界的な普及、そして発展には、こういったバックグラウンド工学的技術の発展が密接に関係しています。もちろん、生物学(脳の研究)の発展も関係しています。総じて、分野にとらわれない複合的な取り組みが必要な時代と言えると思います。学び方について、考えさせられますね。

私的なことばかりで恐縮ですが、私が進学したのは、九州工業大学・情報工学部の「生物化学システム工学科(現生命化学情報工学科)です。文字だけ見ても「生物」、「化学」、「情報」、「工学」とあります。他の学科は知能、電子、制御、機械との関連が深い学科でしたが、この学部は、全国で初の情報系総合学部となる情報工学部として注目されていました。当時は、その意義をよく分からずに、ひたすら自分の研究に打ち込んでいましたが、今振り返ると、かなり革新的な環境だったと思います。私の恩師(上述の山川先生の後の学部長)をはじめ情熱にあふれた先生が多く、今、大学のノートを見返しても、本当にありがたい教育を受けたと感謝に堪えません。


話は戻り、今回のノーベル賞は、AI、AI、驚くほどの「AIまつり」でした。Chat GPT、生成AI、機械学習といった言葉を日常的に耳にするようになり、社会に衝撃的なインパクトを与えたAIイヤーとなりました。

これまでのノーベル賞では、明確な理論や実験結果に基づいたものであったのに対して、「AIがなぜこんなにうまく行くのか分かっていない」ことは注目に値します。よく、AIを説明するイラストでに「フラックボックス」と書かれていますが、深層学習(ディープラーニング)や機械学習がなされる仕組みは完全には分かっていないんですね。ノーベル化学賞の「タンパク質の構造解析」も同じです。ただ、それでも、うまく行っている。人の脳も、まだまだ分からないことだらけですが、AIのブラックボックスが解明さることで、人間の理解が飛躍的に前進するかもしれません。実際に、そういう研究をしている研究者がいるので期待しています!


こういった「基礎研究」が応用、社会への還元をもたらします。応用を見据えた基礎づくりの重要性が問われています。それがこの国、この世界の未来を明るくします。科学と産業の歴史を振り返れば当然のことなのですが、経済が低迷する中で、具体的にどうやっていくのか、政府や組織に任せっきりにせず、個人のレベルでも考えて実行する必要性を感じて活動しています。

ただし、みなさんも案じておられるように、AIと関連技術は平和を遠ざける巨大な力(人類や地球にとっての危険性)もあります。現在、膨大なデータを蓄積して発展しているAIですが、その情報収集力および学習力は指数関数的に上昇しています。過去、現在の全ての学習が終わったらどうなるのでしょうか?期待と不安が入り混じりますね。これから、ますます、グローバルな道徳観と連帯感が必要になります。その意味で、世界で通用する知見と体験を通じて、「人間らしさ」を追求したいですね。


AI自体がノーベル賞を取る日が来るのかもしれません。ノーベル「文学賞」や「経済学賞」の議論は早期に訪れそうな気がします。ノーベル「平和賞」だったら、Very Welcomeですね!

最後に、その「ノーベル平和賞」を日本原水爆被害者団体協議会が受賞しました!㊗ 今の国際情勢は、まさに、核兵器の恐ろしさを知る方々の声を世界に知ってもらわないといけない状況です。来年は、原爆投下から80年、核兵器の廃絶の実現は遠いかもしれませんが、核が80年間使われていないという事実もあります。被爆者の方々の貴重な活動とこの成果が、ますます核の使用を遠のかせ、世界に平和をもたらすことを願います。

長文、大変失礼しました。

お付き合いいただきありがとうございました。

どうぞ良い一日をお過ごしください。