文化勲章とシビレ

研究の醍醐味「シビレ」
文化の発展や向上にめざましい功績を挙げた者に授与される「文化勲章」。
今年は『あしたのジョー』や『あした天気になあれ』で知られる漫画家・ちばてつやさんをはじめ、7名の方々が受章されました。
ちば先生の受章だけでも心が躍りましたが、私にとってさらに驚きと喜びを感じる出来事がありました。
受章者の一人、東京大学の廣川信隆先生は、同じ分野で世界をリードされてきた研究者です。廣川先生のグループは、細胞内の「運び屋さん」とも呼ばれる分子モーター、キネシンの多くを発見しました。
実はキネシンには、2つの「足」(のような構造)がついています。廣川先生が電子顕微鏡で撮影したキネシンの画像は、まるで人間のように「二足歩行」している姿を想起させました。その美しく衝撃的な写真は、権威ある科学雑誌『Science』の表紙を飾り、世界中で話題となりました。
しかし、写真だけでは動きを直接証明することはできません。
「本当にキネシンは二足歩行しているのか?」という疑問から、大論争が巻き起こり、世界中の研究者たちが競い合ってキネシンの動きを解析しました。
とはいえ、キネシンの一歩はわずか8ナノメートル(nm)。1ナノメートルは10億分の1メートルであり、その動きを捉えるのは簡単なことではありません。
当時、日本発の技術「1分子アッセイ」が急速に発展していました。大阪大学の柳田敏雄先生を中心とするグループは、世界に先駆けて、タンパク質の一つひとつの動きを「見たり」「触ったり」「調節したり」する技術を開発し、タンパク質や細胞の働きを次々と解明していきました。
幸運なことに、恩師のおかげで、私は学生の頃から柳田先生のグループと交流し、時には最新の実験装置も使わせていただきました。その延長で、世界で初めてキネシンが二足歩行していることを証明することができたのです。
深夜の顕微鏡室、一人で実験結果を見つめていると、頭が真っ白に…。しばらくして高揚感に包まれ、ガッツポーズ。圧倒的な充実感が湧き上がりました。
私はこの瞬間を「シビレ」と呼んでいます。そして、今はたくさんの子どもたちや、一緒に働く仲間にも、この「シビレ」を感じてほしいと願いながら活動しています。
冒頭で紹介した廣川先生は、研究業績のみならず、数多くの優秀な後継者を育てられた教育者でもあります。受章式で「歴代の方々のおかげです」とおっしゃいましたが、改めて歴史の重みと伝承の重要性を感じました。
最後に。キネシンはタンパク質(酵素)であり、もちろん手や足といった実際の構造はありません。それでも、重要な部位を「頭」「手」「足」と表現することがあります。分子モーターの研究者たちは日常的にこれらの言葉を使いますが、不思議なことに混乱することはありません。(笑)
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