歩くタンパク質?!

「NHKスペシャル 人体」と「歩くタンパク質」
タモリさんと山中伸弥先生(2012年ノーベル生理学・医学賞)が2017年から8年間に渡って繰り広げた人気番組が最終章を迎えました。見事なCGグラフィックで描かれた「命の不思議」に目が釘付けになり心が躍ったという声を聞きました。
生命の最小単位である「細胞」の中の世界は極めて複雑、10万種類以上にもおよぶ細胞内キャラクター(タンパク質)がぎっしり詰まった中で、大切な命の素を運ぶ「キネシン」がひょこひょこ歩く姿が4回に渡って報じられました。毎回、タモリさんもミーシャさん、澤さんをはじめとするゲストのみなさんも、山中先生さえもが信じられないといった様子でした!
実は、大好きな!キネシンが実際に歩くことを世界で初めて証明し、著な論文「Nature Cell Biology」に発表した時の経緯を、このコーナー#9「研究の醍醐味」で書いているので、良かったら見てください。
「NHKスペシャル 人体」では、命の仕組みを楽しむことができました。見逃し配信もあるようです!
さて、科学の世界における論文とは、どういったものでしょうか?科学者と言えば、顕微鏡に向かったり、試験管を振っている姿が思い浮かぶかもしれません。私は科学者の中でも実験を主体に行う研究者です。実際に、顕微鏡の前で何日も徹夜をすることはありますが、ほとんど器具に触れないこともあります。
世界の情報を調べるために論文を読んだり、実験の解析をしたり、機器のメンテナンスをしたり、実験計画を立てたり、学会発表の準備をしたり、ミーティングをしたり、助成金申請の書類を書いたり、たくさんの仕事や雑務があります。そんな中でも、なかなか骨が折れるのが論文を書くことです。
分野にもよりますが、生命科学や医学の実験研究の分野では、研究自体に割く時間が多く、論文の数はそれほど多いわけではありませんが、それでも、トップサイエンスを行っていれば、ポスドククラスで毎年1、2本のペースで論文を書きます。ここで、単に論文を書くというだけなく、国際論文の場合、1)内容は世界初のものでなければ、オリジナル研究にはなりません、2)基本、文章は英語で書きます、2)その分野のことを良く知る編集者と数名の審査員が論文を読み込んで審議します。審査員は匿名で、研究の競争相手が入っていることがよくあります。そうすると、どうなるでしょう?当然、競争相手からは厳しいコメントが返ってきます。拒絶、もしくは、大変な追加実験が要求されたりもします。そんな過酷な審査を通過できた場合のみ、論文が受理されて公表されます。Nature関連の雑誌だと、受理されないのが大半という厳しさです。しかも、審査員自身も研究者ですので、情報はだだ漏れで、競争が激化するのは必至です。大きな研究室にいると、常に審査に関わることが多く、まだ発表されていない世界最先端の情報が回って来るというわけです。研究の世界にも情報格差が生じることをイギリス時代に経験しました。
さて、ここで、論文って、そもそも重要なのか?という疑問があるかもしれません。結論から言えば、研究者にとって論文はとても大切です。例えば、学位を取る(=博士になる)にも、ポストを得るにも、昇進するにも、または、ノーベル賞を取るにも論文が必要です。しかも、他者よりも早く論文発表をしなくてはいけません。世界一を目指す研究者には質もスピードも求められるのです。
論文によって、質が高いと言われるものがあります。それが全てというわけではありませんが、インパクトファクターという数値化された評価基準もあります。どうせ論文発表するのなら、質が高い論文の方が良いという考えがある一方で、世界一を目指すために、あえて、受理しやすい論文を選ぶこともよくあります。上記のキネシンの二足歩行を証明した論文もそうでした。そして、その作戦は大成功でした。なぜなら、私たちが論文を発表したわずか2ヶ月後に、同等の論文がアメリカの競争相手によって報告されたからです。2か月遅れていたら、世界一の座をつかむことはできませんでした。わずかの差で世界一になったお陰で、その後数年間は、学会に行くと、いつも私たちの論文が紹介されましたし、たくさんの賞賛、たくさんのオファーを受けました。イギリスに行く事になったのも、そのお陰です。後から分かったのですが、私が知るだけで、世界で6つの大きな研究グループが同じ目的に向かって、凌ぎを削っていたことを知りました。世界一になれたことで私の人生は大きく変わったので、思い出すといつも冷や汗をかきます。
「競争」よりも「共創」と言われる時代においても、良い研究であればあるほど研究者にとって競争は免れません。ただ、それだけに、大変やりがいのある楽しいことでもあります。「科学史に功績をのこす」ことは、研究者冥利につきるのです。高校生や大学生のみなさんには、こんなこともお話ししています。
国際論文といえば、遂に、うちらぼ生から初の論文執筆者がでました。しかも、第一著者は中学生です。この成果は、中学生初と言われる学会発表(日本化学会)に続き、5月末に国際医学論文「CUREUS」に受理されました。彼女が大学院生だったら、博士号をもらえるほどの成果です。根気強く、本当に素晴らしい研究をしてくれました。科学に年齢は関係ないことを証明してくれました。
興味と情熱がある方は是非、お問合せください。世界トップランナーへの道のりを伴走いたします。